モノを撮っても

自転車でちんたら流しながら久しぶりの銀座へ。

 

倉谷 卓 写真展

Ghost's Drive

www.nikon-image.com

添えられたコメントが写真により広がりをもたせ、その撮影の意図にも関心させられっぱなしだった。

モノを撮っているのに人だし家族を撮っているのよな、と。

 

せっかく銀座まできたし少々余力があったので昔よく通った道から帰宅するかと月島へ。

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住民が借りられる鉢置き場、ここはほんと好きだったと再確認した。

この区画一つ一つもまたその人であり家族であり、などと戯け事を思いつつ寝床に帰る。

タイフーン

こう何度もくるとうんざりしてくる。

最近、人の動線が動物的になったと飲食関係の人から聞いたことがあるのだがなんとなく思い当たることもあり、とはいえ悪天候も楽しめる経験が過去にあったかと言えば記憶にない。

記憶といえば年々体感早くなる、これは何度目か、

暑さは人を駄目にする


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午前中は直射日光とこの暑さで地獄と化すが、

昼を超えるとなんとか日陰になるのでビアマグ片手にチェアリングである。

チェアリング、こういう言葉の軽薄さは嫌いじゃないが慣れれば落ちるとこまで落ちていくのだろうな。

そういうぬるさ

 

部屋の整理が手つかずなのは全て暑さのせいにしておこう。

 

歯が痛い

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仕事を終えてまだ何もない新居へ向かう。

屋上へあがりアウトドア用の椅子を広げてみた。

 

途中のコンビニで買ったレモンサワーを飲みながら自分のものとなった空間を冷静に見廻すとそう広くはない。

 

ボロ物件ながらもはじめての屋上に浮かれて即契約したあのテンションはなんだったんだろう。

 

風がある分まだマシとはいえ夏の生ぬるい気温と湿度、そして枯れた土地の人の気配のなさにやられてなんとなく死ぬことってこういうことかしらなどと戯言が浮かぶ。

 

すべて戯言。

 

祝祭のイメージて重力がないのよ、浮いているというか。

折り返しを迎えいまだ地に足つかない人間はいつまでもアホなのかもしれない。